長谷部恭男早稲田大学教授と小林節慶応義塾大学教授が外国人記者クラブで記者会見を行いました。2人は6月4日(木)の衆議院憲法審査会に参考人として出席し、安倍政権が提出した安保法案を違憲と明言しました。この日の参考人3人全員が法案を違憲とし、特に長谷部教授は自民党が推薦した参考人であったので大きな波紋を呼んでいます。
2人は同日、日本記者クラブでも会見し、この様子はネット上に動画で配信されています。外国人記者クラブでの会見はすべて英語、質疑応答の部分だけ通訳を通して行われました。初めに長谷部教授が法案の違憲性について説明し、小林教授が短く補足しました。以下、概要(和訳)です。
長谷部教授
憲法9条は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定しているが、自衛隊は多くの人々に軍隊と変わらないと見なされながらも保持されてきた。その根拠は、国民の生命と財産を守る為の最小限度の武力行使を憲法が禁じるのはあまりにも道理がないということである。言い換えると日本国憲法は武力行使を厳格に最小限度としているのである。
1972年10月14日の政府見解は以下の通り:「平和主義をその基本原則とする憲法が自衛の為の措置を無制限に認めているとは解されない。武力行使はあくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守る為の止むを得ない措置として初めて容認されるべきものである。従って他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと言わざるを得ない。」そして政府は武力行使の3要件を
1.わが国に対する急迫不正の侵害があること。
2.この場合にこれを排除する為に他に適当な手段がないこと。
3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。
としてきた。政府は繰り返し繰り返し国連憲章51条の規定する自衛権のうち、日本国憲法上、個別的自衛権しか認められない、即ち集団的自衛権の行使は憲法違反であると明言してきた。集団的自衛権を行使するのであれば、憲法9条の改正が不可欠である。
2012年に安倍政権が発足した時、山本庸幸内閣法制局長官は集団的自衛権の行使は憲法違反であると繰り返し述べた。すると2013年、彼は引退するように言われた。そして前例のないことだったが、次の長官には内閣法制局からではなく外務省からリクルートされた小松一郎氏が就任した。彼は内閣法制局の見解に不満を持っており、憲法解釈を変更する為の準備を始めた。(小松氏は2014年6月に死去。)2014年7月、政府は以下の通り武力行使の新3要件を発表した:(1a)日本が武力攻撃されるか、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある。(2a)国民を守る為に他に適当な手段がない。(3a)必要最小限度の実力行使にとどまる。
明らかに(1a)は1972年政府見解を部分引用しているが、そもそも1972年の政府見解とは日本が集団的自衛権を行使できない理由を述べたものである。日本を取り巻く軍事的環境が変わったというなら、新解釈の根拠を述べなければならないが非常に曖昧だ。もし尖閣諸島をめぐって日中関係が緊迫しているというなら、これは明らかに集団的自衛権ではなく個別的自衛権の範疇である。
長年、詳細な根拠を挙げて集団的自衛権の行使を禁じてきた政府見解を、時の政権が政策に合わせて好ましく変えるのであれば、憲法によって政治権力を束縛するという立憲主義の役割が吹き飛んでしまう。内閣法制局の権威は今回の憲法解釈の変更によって著しく損なわれた。また武力行使の新3要件は意味不明である。武力行使の拡大が東アジアの平和と安全保障に貢献するとも思えない。自公合わせて衆議院の3分の2以上の議席を有している与党は、仮に法案が参議院で否決されても衆議院で再可決することができる。安倍総理の悲願である国粋主義的な体制への移行を多くのリベラル派は恐れている。
小林教授
簡単に補足する。自衛隊というのは軍隊ではなく第2警察として位置づけられている。警察予備隊として発足したという経緯がある。また日本は神道や仏教の国である。集団的自衛権を行使して自衛隊が米軍と一体化するとイスラム教徒を敵に回すことになり、国民が危険に晒される。自衛隊は米軍の2軍としてしか扱われないし、日本には戦争をするような金もないので安倍政権がこのまま続くと破産する。つまり人命は危ないし金もなくなるし、よいことは何一つない。
この後は質疑応答が続きます。内容が深く非常に勉強になりました。
Q.政府は武力行使について具体的事例を挙げようとしないが中国の侵略を想定しているのか?何か思い当たるか?また政府を支持する3人の学者は全員、日本会議のメンバーだが日本会議をどう評価しているか。
A.まず例は思いつかない。ホルムズ海峡の封鎖を想定しても日本国民の生命が脅かされるわけではなく、最近イランとアメリカの関係は改善しつつある。集団的自衛権を行使できるようにすること自体が目的なのではないか。(長谷部)日本会議のメンバーに共通するのは、第二次世界大戦で負けたことが受け入れ難く明治憲法の時代に戻りたいと思っていることだ。メンバーには明治憲法下で影響力があった人の子孫が多い。こういう考え方は自民党に深く根を張っている。(小林)
Q.長谷部教授が反対意見を述べたことについて山東昭子氏は罰するべき、高村正彦氏は学者に従ったら平和はない、国が滅びると言っているがどう思うか。
A.審議会のテーマは立憲主義であり、衆議院の(憲法審査会)事務局が専門家を人選し、自民党が受け入れたと聞いている。審議会で質問があれば何でもお答えする。私は憲法改正をするなと言っているわけではないが、今回の法案は日本の安全をむしろ危うくするものだ。(長谷部)
Q.日米ガイドラインの策定で安倍総理は集団的自衛権の行使を約束してしまったが、これを守らないと日米関係は悪化すると思うか。
A.そもそもできない約束をしたことがリスキーだったわけで、新しいガイドラインは日米安保の枠をはみ出している。日米関係は悪化するかもしれないが、無理な約束だった。(長谷部)私は悪化するとは思わない。ガイドラインには拘束力がなく官僚もバカではない。日米共に夢を語り合ったが条約の上に憲法があるので、やっぱり無理でしたと済ませるのではないか。(小林)
Q.衆議院で強行採決された場合、最高裁の判決を待つのか。最高裁は政治的な問題に結論を出さないのではないか。
A.最高裁も変わりつつあるので結論を出すかもしれない。(長谷部)最高裁に頼るのもよくないので政権交代して無効にすべきだと思う。違憲訴訟についてはすでに弁護団と準備している。派兵の命令を受けた者が違憲の法律で行くことはできないと訴える、また犠牲者が出てしまった場合、違憲な戦争を家族が訴えるということも想定される。ただ最高裁で判決が出るまでに4年かかる。4年間、何もしないので放っておくよりも政権交代して無効にした方が早い。(小林)
Q.憲法裁判所が日本にないことが問題ではないか。法律違反で訴追された時、そもそも法律自体が憲法違反であったと争うのか。憲法違反かどうかを誰が決めるべきなのか、なぜ日本はこんな仕組みなのか、それは意図されたものなのか。
A.今回の問題は内閣法制局が政権圧力に負けて解釈を変えたことにある。日本はアメリカと同じシステムをとっている。ドイツには憲法裁判所があるが、事後的(法律が制定された後)に判断する場合がほとんどである。(長谷部)15人の裁判官が決められるようなことではなく、一時的には政府が決める、最終的には国民が決めるというのが民主主義の仕組み。だから政権交代すればよい。(小林)
Q.憲法9条の「陸海空軍、その他の戦力は、これを保持しない」という表現では解釈の余地がなく、自衛隊の存在も違憲なのではないか。
A.自衛隊の合憲性については2つの根拠で国際的に確立されている。①パリ不戦条約で国際紛争を解決する手段としての戦争は禁じているが自衛権は入っていない。②自衛権は自然権として国際法上認められているので条文はいらない。戦後、自衛隊がなかったのは日本が危険な国で米国が占領していたからであって、政治的な理由。(小林)
Q.法案は撤回すべきか?
A.集団的自衛権の行使は明らかに憲法違反である。(長谷部)憲法違反がまかり通ると北朝鮮のようになる。キム家と安倍家が一緒になるようなものだ。このまま突き進むと自衛隊は米軍の2軍になる。また国が破産する。何一ついいことはない。(小林)
Q.内閣法制局を理解できないが教えてほしい。
A.フランスをモデルにしている。党派政治から独立した存在でConseil d’etatという。(長谷部)日本は入口で内閣法制局、出口で最高裁という二重にチェックする仕組みをとっている。内閣法制局が人事権をちらつかされて政権に屈したことが今回の問題。(小林)
Q.どのくらいの割合の憲法学者が違憲だと考えていると思うか。裁判官や弁護士はどうか。
A.今晩の「報道ステーション」で憲法学者へのアンケート調査を発表予定なので観ていただきたい。(小林)推測では95%以上(長谷部)。95%以上が反対ということはもう結論が出ていて、法曹界の人間は大学の元生徒達だ。弁護士会はこの1年、反対運動をしていたのにメディアが一切報道しなかった。裁判官からも私達に激励のメッセージが届いている。