<軽減税率はなぜ議論されなかったのか。>
自公民の三党修正協議において「軽減税率」の導入が野党側から提案されています。軽減税率を導入すべきというのは、国民新党の提言として政府・民主党に再三要望したのですが、まるで相手にされませんでした。政府の社会保障改革に関する集中検討会議が開催されていた頃、国民新党と新党日本は統一会派を組んでおり、田中康夫新党日本代表の持論は「インヴォイス方式の導入」でした。インヴォイス方式とは、仕入れ商品の納品書(インヴォイス)に前段階(製造元→卸売→小売という各段階のこと)までの支払税額が記載されている方式のことで、事業者はインヴォイスを集計し、支払済み税額を控除して次段階の納品書を作成します。これによって二重課税、益税(消費税を免除されている課税売上高3,000万円以下の事業者が、消費税を徴収してポケットに入れてしまうこと)を防ぐことができます。EU諸国で広く採用されている方式であり、軽減税率(生活必需品等、特定品目の税率を低くすること)の導入には不可欠です。国民新党はインヴォイスの導入と軽減税率をセットにして、政府会議で提言していました。
一方民主党案は、「給付付き税額控除」というもので、国民の所得を補足した上で低所得者層に対しては所得税を還付したり、子ども手当のように一定金額を給付するという方式です。いつものことですが、国民新党は民主党より遥かに人数が少ないので、民主党の政策を尊重し、「給付付き税額控除」を頭から否定はしませんでした。ただし、この制度の実現は国民全員の所得を正確に捕捉することが大前提となるので、マイナンバーと言われる社会保障番号制度の導入前に消費税が上がる、あるいは番号制度が導入されない場合はどうするのか、と追及しました。もし番号制度の導入と消費税増税の時期がずれるのであれば、インヴォイスと軽減税率の導入を真剣に検討してほしいと求めました。
これに対して財務省は、「税収が減る。」、「複数税率は手間がかかる。」、「EU諸国も本音では日本の簡易な制度を羨ましがっている。」、「複数税率にしてしまったら二度と戻せない。」、「低所得者にお金を配った方が手っ取り早い。」、「10%までは単一税率にすべきで、複数税率はそれ以上、消費税を上げる時の話だ。」と言って、一切受け付けませんでした。政府・民主党は財務省に言われるままに、低所得者を対象に簡便な給付を行うということで(中身については白紙で議論もされていませんが)とにかく増税だけを決めてしまいました。私は「8%、10%と2段階で税率を変える手間と、例えば5%の食料品、12%のその他の製品、と複数税率を一度に導入する手間とどう違うのか。複数税率だとなぜ余計に手間がかかるのか。」と質問しましたが、財務省も民主党も無言になって答えられないのです。ちなみに単一税率の場合、食料品からの税収は2割程度だそうで、この分の税収が減るのが財務省はたまらなく嫌な様子です。
軽減税率を否定したのは財務省だけではなく、社会保障改革に関する集中検討会議で意見陳述を行った東京大学大学院経済学研究科の井堀利弘教授が、全面的に与謝野馨大臣をサポートしました。「与謝野大臣ご指示による報告案件」と書かれた平成23年5月30日付の説明資料が私の手元にありますが、井堀教授の理論は、「生涯所得でみた消費税の負担は、ある一時点の所得でみた場合と比べ、逆進性が小さい。」というものです。「一時点の所得でみた逆進性は必ずしも『不公平』を意味せず、単に調査時点の年齢の違い等を反映したものである可能性あり。」、「高齢化の中で、一時点の所得でみる妥当性が薄れる。(壮年期には消費に比べ所得が多く、老年期には消費に比べ所得が少ない。)」、「生涯所得でみると消費税は比例税であるとの指摘」とも書かれています。
言い換えると消費税の逆進性は生涯所得で判断すべきであり、消費税率は同じなので平等である。年齢を重ねて給料が上がれば税負担は軽くなるから、給料が少ない時代に税負担が苦しくても、所得の高い人に比べて不公平だと言うべきではない。高所得者は高額商品を買うことによって低所得者より多くの消費税を納めるので、不公平だとは言えない。支出に対する比例税が消費税であるので、逆進性には当たらない。井堀教授の理論は私にはこう聞こえます。でもこれはおかしいと思います。
まず年齢が上がれば給料が上がるとは限らない。非正規雇用も多い。貧困家庭は一生車を購入しないが、食料品は買わなければ生きていけない。よって税負担が5%から10%になるというのは生活に直結する問題であり、金持ちは困らないが貧乏人にとっては死活問題である。だから軽減税率は必要である。私はそう思います。また徴収した税を後から還付する「給付付き税額控除」の場合、税が戻ってくるまでの間が低所得者にとっては苦しいはずで、還付されるまで食費を切り詰めるということも起きるでしょう。還付金の不正所得も考えられます。
また軽減税率を設けた場合、高所得者も恩恵を受けるので不公平だ、という指摘もありますが、食料品や生活必需品については所得に関わらず国民に安く提供するという国家としての意思を示すことは批判には当たらないと思います。
民主党が譲歩し、自公民三党が軽減税率の採用で折り合うと噂されていますが、これは10%から更に増税する時の話であって、今回の増税で軽減税率を採用することにはならないでしょう。10%程度なら軽減税率は必要ないということで三党の考えは一致しているからです。ちなみに政府会議では、井堀教授が「10%程度なら軽減税率は必要ない。」と発言し、与謝野大臣が追認する形で「欧米諸国は20%程度の消費税を取っている。スウェーデンのように25%なら考えてもいいが、10%程度では必要ない。」と断言していました。政府会議において軽減税率の導入は以上のように全面否定され、現在の政府提出法案に至っています。